続・布ナプキン生活のこと。



d0227246_11592597.jpg


さて、先日アップした経血コントロールについての記事。

「そんな世界もあるんですね、しらなかった~」
「やってみたい!」
「ちょっとずつ試してみようと思います♪」と感想をいただいています^^

沢山の方に読んでいただき、関心を持ってくださったみたいでとてもうれしいです



そんななか、昨日とある方からご意見をいただきました。
すごく手短にまとめさせていただくと、

世界にはまだまだ月経のことで差別をうけ、苦しんでいる女性達がいます。

紙ナプキンは必要だから生まれたということを認識すべきだし、
医学的根拠がないのに万人が出来ることではない特殊行為を声高に喧伝してはならない。
読者の判断で使い分けができるようにする記述に変えるべきだとおもいます。

日本の安価で高品質の紙ナプキンがもっと世界に普及することを願います。


そんなご意見でした。


なるほどごもっともだなあ、と深く感じ入ったのですが、
もしかして、わたしが目指すところがちょっと伝わっていないのかな?
と思ったので、こんなふうにお答えさせていただきました。


(中略)

この時代、日本をふくめ先進諸国では暮らしに必要なものはほとんど、
買ってすませることができます。

物も、サービスも、医療や教育でさえ・・・それはとても楽だし、快適です。
一昔前とくらべて不幸な境遇に置かれる人は減り、社会はとても平和になりました。

けれど、不思議なことに人々の幸福感は下がっている。
社会が寛容さを失ったことが原因としか思えない境遇で心の病となり、
自殺で命を落とす人は増え続けています。

ひとつの原因として、
本来わたしたちが自分の手によって作り上げなくてはいけない物を、
あまりに人の手(専門家)にゆだねすぎたことが一端としてあるのではないか。
そう思うのです。

専門家の言う事が絶対的に正しい、これに従っていれば幸せになれる、
これを持っていれば快適になる、このサプリを飲めば健康になる・・・

そんな言説がまことしやかに飛び交い、
それぞれの立場が「自分がいちばん正しい」ことを競っているかにも見えます。

なかには正義感をもって真摯に人のため世のため働いている方もいらっしゃいます。

けれど、
問題が起きれば相手のせいにして、専門家たちは責任のがれを繰り返す。

消費者にばれなければ問題ないとばかり効率化、合理化を盾にズルをする。
そんな身勝手さの犠牲になるのはいつもわたしたち一般人です。

そんな状況でわたしたちが取り戻さなければいけないのは、
一般的に正しい、とされていることでも一回は疑ってかかること。

自分の実感を信じ、それに基づいてものごとを「自分ごと」として引き受けていく。
さりげない毎日の暮らしそのものを豊かに美しくしていくこと。
そのために「必要なものは自分の手で作り出す」提案をしたいのです。

その一環として、経血コントロールについても触れました。

決して、なにか専門家の裏づけがあるわけではなく、
バックに布ナプキンのメーカーがいるわけでもなく(笑)
自分の実感に即した体験談としてのご紹介です。

わたしはこの方法で10年間を過ごしてきましたが、
紙ナプキンを使っていたころには得ることの出来なかった、
「生理を忌むべきものとせず、自分の人生の一部としてとらえなおす」実感があります。

けっして「これが健康にいい」「これが正しくてそれ以外は間違っている」
という盲目的な信仰ではありません。

たまたま経血コントロールができる条件(体質や労働状況など)のもとで、
女性としての自分の体の変化と向き合い、つきあうために
経血コントロールという方法を選んでいるだけなのです。

だいぶオープンになってきたとはいえ、生理について意見を交わすことはまだまだタブーが多いです。

けれど、読者の方には一般的なスタイル以外にも方法があることを知ってもらいたいし、
自分の直感を信じて心地よいと感じるほうを選んでみよう、
たとえばお休みの日だけでもやってみたらどうだろう、
というスタイルの提案ができればいいなと思っていたので、今回記事にしました。

(中略)


また、こちらの方からは感染についての注意もしていただいたので、
その点において配慮がなかったかなあ、と思い、
以前の記事に加筆修正しています。

それから、この方はご自身も布ナプキン派なのだけれど、
たまたま紙ナプキンを使ったときに経血の変化で子宮の病気が分かったとのこと。

そんな可能性があることはわたしも全く気付かなかったことなので、
その点も付け加えています。






あわせてご覧いただければ幸いです^^


また、さらに別の方からのご意見もありまして、
これはとてもびっくりしたのですが、

一部の男性でナプキンやタンポン、鎮痛剤を使用せずとも、
それらがなかった時代から経血コントロールをしてきたのだから
出来ない女性は甘えている と言って使用することも許されず、
パワハラやモラハラになっていることもあります。

そんな事例もあるのだとか。

経血コントロールのある側面だけが誇張されて、
一人歩きしてしまった結果だとおもいますが、
非常に残念なことだなあ、と思います。

コントロールという言葉のひびきがそうさせてしまうのかな?
なんかほかに良い表現を探してみよう!



わたしのブログは色んな考えの方が読んでくださっているので、
こうやってご意見をいただくことで「言葉が足りなかったな」と反省したり、
沢山気付けることがあります。

お二人とも貴重な時間を使ってメールをくださり、とてもうれしかったです。

ありがとうございました!



by fu-ko-handmade | 2017-11-16 15:13 | くらしのこと | Comments(0)

手づくり暮らし研究家、FU-KOこと美濃羽まゆみのblogです。京都の古い町家から「ものを作る、幸せのかたちを作る」をテーマに、手づくりのあるほんのりていねいな暮らしを提案します。


by FU-KO